卵を焼く
世間ではGWだとか言って浮かれているけれど、もとからエヴリディ休日のような私や金田さんにとっては何も変わらない日でしかない。私は社会復帰に向けて資格の勉強話をするだけで、金田さんはふらりと私の元に訪れる。今日は朝方に訪れて、私は今、私と金田さんのためだけに朝食である目玉焼きを作っている。半熟のそれをご飯に乗せて、醤油をひとたらし、さぞかし美味しいだろうな。
「今日レコーディングですよね」
「うん?終わったというか、うん」
「うん?」
「今日は出番ない」
金田さんは台所から見えないところで、きっとごろんと寝ころんで携帯をいじっているんだろうな。曖昧な返事が聞こえていた。
金田さんの職業を私はよく知らない。ライブハウスで演奏をしているけれど、決してそれが軌道に乗っているわけではない。何をして生計を立てているのか、詳細は教えてくれないけれど金田さんだって働いているのだ。
例えばの話、ライブハウスでの集客がもっと見込めれば。ファンが増えれば。テレビに取り上げられたのなら。金田さんは仕事を辞めて音楽だけで生きていくんだと思う。
でももしも、それが現実になったとして、そうなれば金田さんは簡単に私なんか忘れてしまうだろうな。
「また何か、考えてる?」
「いやぁ、GWだなぁって」
「いつも休みみたいなものじゃない」
こうやって馬鹿話する時間も無くなる。
こうやって部屋に来てくれることも無くなる。
私が、私だけが知っている金田さんがどんどんなくなってしまう。
「金田さん。おやすみなんですね」
「いいや、ブラックだから夜から仕事だよ」
その仕事が指すのはどちらの仕事だろう。狭まってしまった距離がまた開いているようで少し寂しい。
「だから、夜までここにいるよ」
心は人に見えないはずなのに。寂しい、と思った感情はどうして金田さんに知られてしまったのだろう。それは偶然なのかもしれないし、本当に心が見えているのかもしれない。
GWに挟まれた平日の朝。彼の夢を真っ黒なペンキで塗りつぶすかのような感情を抱いたことに嫌気がさして、私は朝食の目玉焼きをぐちゃぐちゃに潰したのだった。