夢女日記

今日も元気に夢見てる

日曜日の昼下がり

金田さんは私の憧れで私の夢そのもので、私が心から愛する人だ。柔和な顔つきで、物腰が低く、言葉遣いも丁寧だけど、彼が時折見せる闇は言葉でいい表せられないほど深く、決して誰にも触れさせはしない。

 

 

 

 

 

 

金田さんは私の部屋でよく眠る。時間なんか御構い無しに部屋に訪れては泥のように眠る。合鍵は渡した覚えがないのに、金田さんは私の部屋の鍵を持っていて、いつの間にか部屋にいる。

 

 

 

 

 

 

犯罪だ、とは思うけれど。

惚れているのだから仕方がない。

 

 

 

 

 

 

「あれ、おかえり」

「金田さん、2日ぶりですね」

「うん、疲れたよ」

 

 

 

 

 

 

8畳の部屋の、端っこのベッドにもたれかかっている金田さんは相当疲れているらしい。何か私が話しかけても曖昧な返事を繰り返すだけだ。脱衣所にこもって、荷物を整理して部屋着に着替えて戻ると金田さんは眠ってしまったみたいだった。

 

 

 

 

 

もう随分と見慣れているけれど近づいてその顔をまじまじと見つめる。

 

 

 

 

 

 

私よりずっと年上のくせに寝顔はあどけなくて、けれども目の下に濃く刻まれたくまや細やかな皺が微かに本来の年齢を感じさせる。

 

 

 

これからの皺の深さや数を一緒に刻み込めたらどれだけ素敵なことだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

 

 

 

頬を撫でようとした手を伸ばしかけた瞬間に冷ややかな声が聞こえた。それは紛れもなく金田さんが発した声で、その声は随分とさめていた。

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ、君はおれの、」

「…………」

「彼女じゃないから」

 

 

 

 

 

 

金田さんは私が好きな人で、愛している人で、けれども金田さんは私の事は。私は。私という存在は。f:id:Azhtyg:20170430232753j:plain

春。はる。

 

春は自分を変えるのに一番いい季節だと心底から思う。
箪笥の中身をひっくり返して、いるもの、いらないもの、を分別していく。
シーズン中に着古したお気に入りだったTシャツ。
ふんわりとして、柔らかな肌触りのカーディガン。
どこに行くにも着て行っていたコートなり、季節のもの。
ありがとう、ありがとう、と思いながら丁寧にごみ袋に詰め込んでいく。

 

 

 

ついでに今年の春に着る分の服を取り出してみたけれど、すべて今よりずっと大きい。
試しに来てみたけれどウエストも肩もすべてぶかぶか。
彼氏のシャツ借りてみました!感があるけれど、今まで彼氏などいたことない。

 

 

 

痩せた。

 

 

1年でばかみたいに痩せた。

 

 

 

奥にしまい込んでたアルバムを取りだしてページをめくる。
今よりずっと不格好な自分が満面の笑みでピースサインを浮かべている。
今ではもう出せない、素敵な笑顔だった。
可愛さや美しさなら、おしゃれや美容に目覚めた今の方がいいけれど、
笑顔はこのころの方がずっと素晴らしい。
性格はどうだろう、今の方が明るくていいかもしれない。
けれども、昔の方が空気は読めていたのかもしれない。

 

 

 

痩せてから、見た目が変わってから世界が変わった。
季節が変わっていくように少しずつ変わっていった。
白いキャンパスに色が順番に彩られていくように、変わっていった。

 

 

そんな世界を与えてくれたのはまぎれもなく、金田さんだった。
私に素敵な魔法をかけてくれたのは金田さんだった。
ありがとう、金田さん。

 

 

 

好きだよ。好きだったよ。

 

 

 

 

特急電車

 

人生をやり直すのならいつが良いだろうかと考える。それぞれの場所へ導く駅のホームからは小学校が見えて、大きく開かれたその窓から小さな頭があった。こちらに手を振っているけれど、振り返せば急に恥ずかしくなったのか窓辺からその姿を消した。
 


戻るのなら小学校の時だろうか。
 
 

いやいや、地元中学は京都一を誇る荒れた学校だからと受験を勧められたあの時代にか。



だとするならばその後の女子校生活だろうか。世間的に見れば百合だの、花園だと言われるが実際は動物園としか言いようがないそこにか。



なら大学はと、思い出したくもなかった過去が私を包み込む。



「なに、考えているの?」
「金田さん、人生をやり直すのならと」
「やり直す?」



金田さんは昨日、うちに帰ってきたのは深夜の2時だった。玄関のチャイムを馬鹿みたいにならされて、だ。寝ぼけなまこ擦って開ければそのまま抱きつかれて眠られて、おかげさまでこちらは突然の来客の床の準備をさせられ、寝不足だ。



ちなみに抱きつかれたけれど、私と金田さんは恋人同士でもなんでもない。ただ、私が心底から憧れて好いて、私の夢、そのものでしかない。世間から見れば、それは甘美な関係に見えるのかもしれないけれど。今だって、前後で並んでおしゃべりしているのだから、誰かしらは勘違いしてくれていることだろう。



「戻れるのなら、とかないです?」
「戻れるなら、ね。無いね」
「え、意外」



特急電車通過の予告が鳴響く。改札は人で溢れている。金田さんはタバコをふかそうとして、隣の人に睨まれてやめていた。



「まだ、今の人生終わってないじゃん」
 
 
 
もしかしたら今から良いことが起きるかもしれないよ、と。ガタガタと大きな機体を揺らしながら特急電車が通過して、私の髪が流れていった。金田さんは一歩だけ前に進んで、私の隣に立つ。
 
 
 
私の過去なんか知らないはずなのに何か知っているかのような口ぶりだった。良いことがなかったわけでは無いけれど、それでも私は、私はやり直したかった。貴方と釣り合いたかったから。
 
 
貴方の隣に立てる自分になりたかった。








鴨川の河川敷

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京都の定番のデートスポットといえば、どこだろうか。手にした観光ブックには寺や神社や、ちょっとしたカフェなんかが載っているし、それに景色を彩る草木や伝統的な催しがどこかしらであるのが京都だ。そのなかでも、デートスポットといえば、どこだろうか。ブックを閉じて目を閉じる。

 

 

 

季節は春だ。穏やかな気候、暖かな温度。パンツよりも風に揺れるスカートって気分。お気に入りのスカートを揺らしながら、春色のブラウスもご機嫌に着ちゃったりして。金田さんと、歩きたい。何気ない京都らしい、裏道のような、よく見ないと見逃してしまいそうな路地をぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩きたい。

 

 

 

そうと決まれば、話ははやい。時計はまだ13時を少し過ぎたぐらいをさしている。デートをするにはまだ時間は十分だ。

 

 

 

「金田さん、金田さん。お暇ですよね?」

「開口一番がそれ、いや、暇だけど」

「デートしましょう」

 

 

 

この前買い換えたばかりの携帯ケースを少しだけ乱暴な手つきで取り寄せて、ダイヤルの一項目目、恋人のようで恋人じゃない、私の憧れで夢、そのものの人に電話をした。

幸いなことに今日は彼にも予定はないらしく、そして最も幸運なことに、彼も手持無沙汰で携帯を触っていたようで、ワンコールで出てくれた。

 

 

 

金田さんの声が好きだった。柔らかで大人の声。

その声から連想されるように、顔つきも穏やかで、私は好きだった。

初めて会った時から、今もきっと。

 

 

 

「それじゃあ、京阪の清水五条駅で待ち合わせにしましょう」

祇園四条じゃなくて?」

「今日は、鴨川沿いを歩こうと思いまして」

 

 

定番のデートスポットといえば鴨川沿いだろう。それが私の出した結論だった。鴨川の河川敷に等間隔でカップルたちが並んで、パンとかお菓子とか食べちゃって。そして頭上からトンビに狙われて、それを横目でみて笑うんだ。笑ってやるんだ。へへへ。

 

 

 

「それじゃあ、14時に改札口に」

「はいはい、それじゃあ」

 

 

 

またあとで。と聞こえる声が私を幸福にさせる。部屋の中は陽が射して穏やかで、それと同じくらいに私の心も晴れやかだった。お気に入りの、水玉のスカートに、春色のブラウスを合わせて、髪の毛もご機嫌にセットしちゃって。いつものカバンに財布とICOCAと携帯と、ティッシュとハンカチ。あと必要最低限の化粧品。

 

 

化粧は朝に済ませておいた。髪の毛だってある程度整えておいた。えらいぞ、自分。だから足取りがかるい。かるい。今ならどこまででも歩いていけそうな感じだった。新調したスニーカーで外に飛び出せば、春の香りが鼻をかすめていった。

 

1050字。今日はここまで。