夢女日記

今日も元気に夢見てる

新しい朝が始まる

カタカタとパソコンのキーボードを打ち出してはデリートボタンを長押しするような、例えるならそのような精神状態のまま連休を終えてしまった。

 

 

 

いつもだった、その日常と同じように学校へ行く準備をして金田さんを起こす。ずいぶん寝起きがいい彼は私の呼びかけ1回ですぐに目を覚まして彼もまた、いつもだった日常の準備をするのだ。

 

 

「きょうの夜は暇?」
「暇じゃないといえば暇ではないですが、切羽が詰まっているわけでも」
「空けておいて」

 

 

 

金田さんが私を誘うことなんかめったにないことだ。いつもきっかけは私が作るし、金田さんはその大半を却下する。珍しいこともあるもんだ、と思いながら二つ返事をして準備した朝食を頬張る。といっても昨日のご飯とお弁当のあまりだけど。

 

 

 

「どこか行くんです?」
「行くけど、秘密」
「え~」

 

 

 

外は寒いだろうか、砂利道をあるくのだろうか。それとも暖かな場所へ行くのだろうか。必要なものはなんだろう。お出かけに対する不安と楽しみがふつふつとむねに宿って、場所を教えてくれない金田さんに微妙な顔を晒すと、嬉しいのか嫌なのかはっきり意思表示しなさい、と笑われた。嬉しいよ。心の底から嬉しい。

 

 

「まあ、あれだ」

 

 

 

歩き易い靴の方がいいかもね。この前履いていたスニーカーがいいよ。金田さんはそう言いながら朝に焼いた鮭の皮をぴりぴりと剥がして食べていた。今日は上手に焼けたらしく、眉が下がっていた。よかったよかった。

 

 

 

「夜、にね」

 

 

 

ここのところ最近疲れることばかりだった。金田さんは私の家にいるけれど彼は私の恋人でもないし、兄弟家族というものでもない。ただの私の憧れで夢、そのものだ。金田さんとの関係も見直さなきゃいけないのかもしれないけれど、今はまだ彼に甘えていたかった。


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リン酸カルシウム

祖父が亡くなって、それからの葬儀や通夜で私は一切の涙をこぼすことはなかった。
それはただ単純に、嫌いだった、とか思い出がないといったそんな簡単な言葉で言い表せることではなかった。
思い出ならたくさんある、特別いじわるをされたわけでも、厳しかったわけでもない。
お経の声とすすり泣く声が聞こえる。私はぼんやりと部屋の隅を眺めているだけだ。
いとこはとっくに結婚していて、その葬儀には小さな赤ちゃんも参加していて、
式の途中に赤ん坊の泣き声が聞こえていた。




人生を終えた人と、これから人生が始まる人がその場所に共存していた、アンバランス。
肉眼では見えない、小さな細胞がどんどん分裂を繰り返して増えて、目に見えるようになっていく。
そして大きくなって、また始まりと同じように小さくなって消えていく。
命の輝きも何もかもが消えていく。




祖父は穏やかな顔になっていた。
最期は誰もみとれなかったらしいが、少し前まで病室にいた看護師さんによるとそれはもう壮絶だったらしい。
回復の目途が立たないことに嫌気がさし、自暴自棄になり、つながれた管を無理やり外したり、力いっぱいなぐったり。
私の知らない祖父が確かにそこに存在していたのだ。




華を手向けられ、静かに棺の扉が閉められた。
祖父の顔はもう見えない。
火葬場まで運ばれて、そして燃えた。




「あ、金田さん、私です」
「うん。だからちゃんと出たよ」
「私、今日帰りますね」
「そっかーうん。今から帰るの?」
「今焼き場で、この後に骨を拾いますから、まだしばらく」





帰る目途が立ったので、恋人でもなんでもないけれど私の部屋に入り浸っている金田さんに電話をした。
切ると同時に母の呼ぶ声が聞こえて、焼き場に戻った。
肉の鎧がはがされ、骨だけの祖父に対面して、声が出なくなった。



全くおかしなタイミングだった。
簡単な化学式で表せてしまう、そう考えがよぎった瞬間に涙がとめどなくあふれてだめだった。
全員の視線が私に向けられ、母や父に至っては私の突然の変貌にあたふたとしていた。
様々なたんぱく質やカルシウムや硫黄、アミノ酸、挙げればきりがないほどたくさんの化学式で表せることができたはずなのに。
もう簡単な、リン酸カルシウム。Ca3(PO4)2で表せて。そんな小さなものになってしまった。




焼けた、折れた、真っ白な骨。
人が、人でなくなって、消えてしまうこと。
それが、今はただ恐ろしくて仕方がなかった。




やっとの思いで家に帰って、待っていた金田さんに抱き着いてしまったけれど、
いつものように嫌味を言われず抱きしめ返してくれた。
暖かな人間の体。柔らかな人間の体。簡単に表現できない、人間の体。
それがただ、今はいとおしくて仕方がない。

同時にそれが消えることが恐ろしかった。
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電話

金田さんは今日ミーティングだから、と言って晩御飯の後すぐに家を出て行った。その後に私が一通りの片付けをしていると電話が鳴って、祖父が亡くなったことを知った。

 

 


別に家族と犬猿の仲だとか、勘当されたとか何か特別な事情があるわけではないけれど、家族とはなかなかの疎遠だった。危篤状態が続いているとは耳にしていたが、私が見舞いに行った時にはもうすでに私が私だと認識できないほど弱々しくなっていた。

 

 


小さな病室の中で親戚一同集まって、葬儀の取り決めをしていて、その間私は母と他愛のない話をする。いとこの誰それが結婚するらしい、あなたはどうなのとか、病気はどうなのとか。金田さんのことは言っていないけれど、良い人はいるよとだけ、話を濁した。もちろん年齢と職業も濁して。

 

 


「あ、母さんごめん。ちょっと電話」

 

 


電話が鳴って、相手は金田さんだった。時間は夜もう遅かった。ずいぶん長くここにいるようだった。急いで外に出て通話ボタンを押す。

 

 

 

「もしもし?」
「いまどこ?大丈夫?」
「え、あ、その、ミウチノフコウで……」
「…………は、ぁ。よかった」

 

 


電話口から聞こえる声は少し怒っているようで、それでいて私の声を聞いた途端安心したようだった。

 

 

 

「帰っていないからさ、心配しちゃった」
「あーすみません、急いでいたので」
「おまけに電話も出ないし、さ」
「病院だったので、すみません」

 

 

 

あれなんで私謝ってるんだ?ていうか、金田さんはなんで普通に私の家に帰ってきているんだ?と様々な疑問符が生じるけれど、金田さんの特別になれたようでちょっとだけ嬉しかったのは秘密だ。

 

 

状況はよろしくないけれど。

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チーズケーキ

外に遊びに行くことをデートだと言って、金田さんを連れ出すことに関しては金田さんは特別何かを言うわけじゃない。けれども私のことは彼女でも恋人で無いと、馬鹿にした口調で言うが、私という存在に別の固有名詞をつけられているわけで無い。異性であるけれど金田さんは私に必要最低限にしか触れないし、私が金田さんに触れることは許されてなどいない。

 

 

 

「今日はいい天気ですね」
「そうだねー、五条もいいところだね」
「特別何かあるわけじゃ無いですけどね」

 

 

 

京阪の清水五条。繁華街である清水四条の1つだけ大阪寄りのそこは、駅周辺に特別何かといった観光名所は無い。しばらく歩けば伝統的な京都の街並みが広がるけれど、駅を出て見えるのは鴨川ぐらいだ。

 

 

 

四条と違って緩やかな傾斜はなく、カップルが座り込んでいるわけでも無い。しかし、歩道は整えられており、多少ヒールがある靴でも十分に歩くことができる。今日はスニーカーだけれども。

 

 

 

「少し歩いて、喫茶店でも入ります?」
「五条だったら、あ、あそこ」
「あー見たことあるような、」
Leafに載ってた気がする」
「金田さんのおごりです?」
「……仕方ないなぁ」

 

 

 

やった。知らないふりをしていたけれど、ここは少し前から私が目をつけていた場所だ。金田さんは大の甘いもの好き、普段はインドア派だけれども甘いものとなれば話は別。というぐらいに行動的になる。金田さんが興味を持ってくれるよう、さりげなく雑誌を準備しておけばあとは、さりげなく誘い出して、だ。

 

 

 

店内に入ると初夏の爽やかな日差しが窓から差込んでいた。店員さんが持ってきてくれたメニューには可愛らしい手書き文字で、たくさんのメニューが書かれており、私は迷わず、名物のチーズケーキに決め込んだ。

 

 


金田さんはチーズケーキを頼もうとして、店員さんに断られていた。というのも、私が頼んで最後だったらしい。悔しそうな顔をして、ガトーショコラを頼んでいた。

 

 


「はいはい、一口あげますよ」
「イイエ、オカマイナク」
「また、来ましょうよ」

 

 


金田さんはぼんやりと鴨川をのぞいていて、私の問いかけには適当な返事をしただけだった。運ばれてきたガトーショコラもショートケーキも美味しそうで、一口食べるとやっぱり美味しかったのだけれども、なぜか少しだけしょっぱい気がした。

 

 

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幸せになる準備、できてますか

ゆうちゅうぶ。がすごく好き。
この響きもすごく好き。正しく言えばYOUTUBEなんだけどさ、ひらがなにするとゆるくなって、響きがかわいい。

 


世界中の色んな人が投稿する、ある意味では無法地帯の電子の世界。犬や猫が戯れる穏やかな動画がある傍で、殺生が容赦なく繰り広げられている動画がある。世間をにぎやかすアーティストの動画、売れてないバンドの歌だって。沢山の情報の中から自分にとって有益な情報を選択して取り入れるのは、まるで物語の中の、宝物を探す冒険家に似ている。

 


「あなたの2時間を僕達にください。2時間は絶対に幸せにします」

 


ゆうちゅうぶ。で知って、そこからファンになったバンドは数知れず。今じゃ関西でのライブは必ず参加するほど好きになったバンドがある。パソコンにDVDをセットしてボタンを押すと、ラストメモリーから再生される。ヴォーカルのMCが始まり、美しいピアノの旋律が流れ出し、静かに歌声が響く。まだまだ小さな世界の中で。サビに入るとギターやベース、パーカッションが入って世界が広がって弾けていく。照明は彼らを照らし、未来へ導く。

 


照らされているその先は真っ暗な客席、もしかすればそれが人間の世界の本性なのかもしれない。だって未来予知なんか誰にもできないのだから。けれども、誰かを幸せにできるのなら、それでいいとさえ思ってしまうのだ。画面の向こうの彼らはどう思っているのかは知らない。少なくとも私は。曲が終わって彼は言葉を発する。

 


「幸せになる、準備できてますか」

 


大好きな金田さん。
私に愛されて幸せになる覚悟、ありますか。
幸せになる、準備、できてますか。

 

 


参照
LACCO TOWERのライブMCより。

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卵を焼く

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世間ではGWだとか言って浮かれているけれど、もとからエヴリディ休日のような私や金田さんにとっては何も変わらない日でしかない。私は社会復帰に向けて資格の勉強話をするだけで、金田さんはふらりと私の元に訪れる。今日は朝方に訪れて、私は今、私と金田さんのためだけに朝食である目玉焼きを作っている。半熟のそれをご飯に乗せて、醤油をひとたらし、さぞかし美味しいだろうな。

 

 

 

「今日レコーディングですよね」
「うん?終わったというか、うん」
「うん?」
「今日は出番ない」

 

 

 

金田さんは台所から見えないところで、きっとごろんと寝ころんで携帯をいじっているんだろうな。曖昧な返事が聞こえていた。

 

 

 

金田さんの職業を私はよく知らない。ライブハウスで演奏をしているけれど、決してそれが軌道に乗っているわけではない。何をして生計を立てているのか、詳細は教えてくれないけれど金田さんだって働いているのだ。

 

 

 

例えばの話、ライブハウスでの集客がもっと見込めれば。ファンが増えれば。テレビに取り上げられたのなら。金田さんは仕事を辞めて音楽だけで生きていくんだと思う。

 

 


ももしも、それが現実になったとして、そうなれば金田さんは簡単に私なんか忘れてしまうだろうな。

 

 


「また何か、考えてる?」
「いやぁ、GWだなぁって」
「いつも休みみたいなものじゃない」

 

 

 

こうやって馬鹿話する時間も無くなる。
こうやって部屋に来てくれることも無くなる。

 

 

 

私が、私だけが知っている金田さんがどんどんなくなってしまう。

 

 

 

「金田さん。おやすみなんですね」
「いいや、ブラックだから夜から仕事だよ」

 

 

 

その仕事が指すのはどちらの仕事だろう。狭まってしまった距離がまた開いているようで少し寂しい。

 

 

 

「だから、夜までここにいるよ」

 

 

 

心は人に見えないはずなのに。寂しい、と思った感情はどうして金田さんに知られてしまったのだろう。それは偶然なのかもしれないし、本当に心が見えているのかもしれない。

 

 

 

GWに挟まれた平日の朝。彼の夢を真っ黒なペンキで塗りつぶすかのような感情を抱いたことに嫌気がさして、私は朝食の目玉焼きをぐちゃぐちゃに潰したのだった。

日曜日の昼下がり

金田さんは私の憧れで私の夢そのもので、私が心から愛する人だ。柔和な顔つきで、物腰が低く、言葉遣いも丁寧だけど、彼が時折見せる闇は言葉でいい表せられないほど深く、決して誰にも触れさせはしない。

 

 

 

 

 

 

金田さんは私の部屋でよく眠る。時間なんか御構い無しに部屋に訪れては泥のように眠る。合鍵は渡した覚えがないのに、金田さんは私の部屋の鍵を持っていて、いつの間にか部屋にいる。

 

 

 

 

 

 

犯罪だ、とは思うけれど。

惚れているのだから仕方がない。

 

 

 

 

 

 

「あれ、おかえり」

「金田さん、2日ぶりですね」

「うん、疲れたよ」

 

 

 

 

 

 

8畳の部屋の、端っこのベッドにもたれかかっている金田さんは相当疲れているらしい。何か私が話しかけても曖昧な返事を繰り返すだけだ。脱衣所にこもって、荷物を整理して部屋着に着替えて戻ると金田さんは眠ってしまったみたいだった。

 

 

 

 

 

もう随分と見慣れているけれど近づいてその顔をまじまじと見つめる。

 

 

 

 

 

 

私よりずっと年上のくせに寝顔はあどけなくて、けれども目の下に濃く刻まれたくまや細やかな皺が微かに本来の年齢を感じさせる。

 

 

 

これからの皺の深さや数を一緒に刻み込めたらどれだけ素敵なことだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

 

 

 

頬を撫でようとした手を伸ばしかけた瞬間に冷ややかな声が聞こえた。それは紛れもなく金田さんが発した声で、その声は随分とさめていた。

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ、君はおれの、」

「…………」

「彼女じゃないから」

 

 

 

 

 

 

金田さんは私が好きな人で、愛している人で、けれども金田さんは私の事は。私は。私という存在は。f:id:Azhtyg:20170430232753j:plain